∥ARTIST: PRISSANA WONSILI
∥ALBUM TITLE: PATITO
タイ語タイトルのため、曲名と歌手名のスペルが正しいかどうかはわかりません。
日本語読みすると、プリッサナー・ウォンシリーの歌う「パティトゥー」というアルバムです。
プリッサナーは、「モーラム」という音楽スタイルの女性歌手であります。モーラムとは、タイ東北部からラオス、ミャンマーの内陸部にわたる地域に古くから伝わる音楽です。もともとはケーンという笙に似た楽器一本の演奏で、農村の暮らしの様子や恋愛ごとを歌ったり、先人の伝統や知恵を歌にして、若い人たちに伝えていくという役割も果たしていました。田園に響く素朴で朗々とした歌であります。「ラム」とは歌を意味し、「モー」は何か一つのことに精通した人、専門的に取り組んでいる人のことをいいます。つまり「モーラム」というのは言ってみれば「プロの歌手」といった意味でしょうか。
けれどこの「パティトゥー」という曲は、ロックとでもいった方がふさわしい曲です。これは「モーラム・スィン」といわれる、モーラムのスタイルのうちの一つです。こうなるともうモーラムではない、と言い切る評論家もいるようですが、この曲は、音楽の時代的変化をよくあらわしている例でもあります。
東北部の田舎で伝統的なモーラムを聴いて育った若者が、やがてバンコクなどの都会にでて西洋のロックやポップスに接し、このような音楽スタイルを創りだすということは、ごく自然な変化です。ここで詳しくは触れませんが、モーラムはこのほかにもいろいろなスタイルがあります。そのなかでも「モーラム・スィン」はもっとも若者に支持されたモーラムです。しかし最近ではモーラムの人気は下降気味のようです。
さて、プリッサナーは、ミス・タイランドに選ばれた経験をもつだけあって、とても綺麗な人です。またチャヴィワーン・ダムヌーンという伝統モーラムの大御所のような歌い手に歌の指導を受けている人で、スタイルは違っていてもその歌唱力はやはり素晴らしいものがあります。よく聴けば、ロックに近い曲調のなかにもしっかりと伝統モーラムの要素が含まれています。この曲にみられる、伝統モーラムからロックへの変容の過程や曲のスタイルは、クリスティナー同様、やはり「タイ的」に思えるのです。
伝統モーラムを正当的だと感じる人たちが、これはもはやモーラムではない、というのはわかる気もしますが、やはりこれはタイの変化のなかで生まれた新しい「モーラム」ではないでしょうか。
(文中敬称略)